騙されないための宝石知識4 (人為的処理)

HIKARUISHI(ひかるいし) 騙されないための宝石知識4 (人為的処理)

宝石の人為的処理についてのお話

世の中に流通している宝石の大半は、より美しく魅力的な石にするための何らかの人為的な処理が施されております。

例を挙げると、色の改善を目的とした『加熱』があります。これは最も一般的な処理でサファイアやルビー、トルマリン、タンザナイト等の多くの宝石で行われております。

人為的な処理の種類や、個々の詳細については国内の鑑別機関を取りまとめる一般社団法人宝石鑑別団体協議会(AGL)様のホームページ(http://www.agl.jp/)をご参照いただいた方が確実です。

また、AGL様では『宝石鑑別ガイドブック』というものを発行しております。
これは鑑別書に記載される処理の内容をわかりやすく解説している小冊子で、送料込みで500円程度で手に入るものなので、ご興味ございましたら上記のAGL様のホームページよりお取り寄せいただくことをお勧めいたします。


解説をAGL様に丸投げしたような形になってしまいましたが、この記事では処理とその記載内容に関して、また別の側面から書いていきます。

 

『エンハンスメント』と『トリートメント』

エンハンスメント(改善)とトリートメント(改変)という言葉をご存知でしょうか?

どちらも人為的処理を示すものですが、処理の程度によって使い分けられる言葉です。

この二つの言葉は現在、公式的には区別して使われておらず、その定義や境界に曖昧なところがございます。

AGL様のスタンスとしても処理の内容を開示説明して、それがアリかナシかは各消費者に委ねるという形かと存じます。

そしてAGL会員の鑑別機関は第三者機関であって、宝石の価格査定には関わらないという方針がございます。

 

しかし暗黙的には『エンハンスメント』と『トリートメント』の違いは宝石業界内に存在していて、知識のないお客様に判断を任せるのは少々、荷が重い事のように思います。

また、商業的価値に大きく影響するので、ここで説明させていただきます。

 

『エンハンスメント』は宝石が本来持っている潜在的な美しさを引き出す『改善』

『トリートメント』は自然界では起こりえない人為的加工を宝石に施す『改変』

一言では表し切れないのですが、大枠のイメージとしては概ね、このような感じです。

エンハンスメントの範疇で人為的な処理が施された宝石は、天然として扱われ価値が下がらないと言われております。

一方で、トリートメントを施された宝石は、商業的価値が大きく損なわれると言われております。

 

鑑別書の行間を読み解く

鑑別書やソーティングメモでよく見かける『通常、○○が行われています』という表記。

この短い文言の中には二つの意味が込められています。

 

1.基本の鑑別作業では○○という処理がなされているか否かは判別がつきませんでした。

2.この種類の宝石では○○という処理は通常行われており、エンハンスメントの範疇です。

 

「何でそこを説明してくれないんだ!」と思う方も多いかと存じます。かくいう私もその一人でした。

 

『非加熱』の称号と注意点

『通常、加熱が行われています』という表記について、注意すべき点がございます。

サファイアを例にご説明いたします。

サファイア(コランダム)の9割以上にはエンハンスメント処理として加熱が行われております。

エンハンスメント処理は宝石の価値を下げるものではございませんが、加熱の痕跡が認められない、通称『非加熱サファイア』は希少価値があるとされております。

基本の鑑別作業の範疇では加熱の有無について深く調査しないので『通常、加熱~』と表記される場合と『加熱が行われています』の2パターンございます。詳しく加熱の痕跡を調べるためには、追加検査にエクストラコストを払う必要があります。


上で述べた2通りの表記で価値が分かれるかと言いますと、それはほとんど無いと言えます

『通常、加熱~』表記であれば非加熱の可能性があるとも言えますが、99%以上それは無いです。

もし、この表記に対して『非加熱の可能性がある』なんて説明があれば、射幸心をあおる不誠実なお店と見た方が良いです。

少なくとも9割以上のサファイアで加熱が行われており、抜け目ない業界人が見て非加熱の可能性が高ければ、追加検査のエクストラコストを支払ってでも付加価値の高い『非加熱サファイア』にすると考えるのが自然です。


『非加熱』表記についてもう一点注意がございます。

サファイアのように通常、加熱される宝石もあれば、加熱されていないのが当たり前の宝石もございます

例えばガーネットやアレキサンドライト、クリソベリル(キャッツアイ)などです。

これらの宝石に『非加熱』と冠して売られていたら要注意です。

これはマグロのお刺身に『非加熱』とシールを貼って売っているようなものです。

 

エンハンスメントと宝石の種類の関係

難しいのは宝石の種類によって『エンハンスメント』と『トリートメント』の範疇が異なる場合があるという事です。

代表的な例はエメラルドの透明材含浸処理です。

これは無色透明なオイルをエメラルドの傷に染み込ませて目立たなくさせるという処理です。

上の説明ではトリートメントの様にも思えますが、エンハンスメントの範疇に含まれます。

ただし、有色のオイルやガラスなどを含浸させた場合やエメラルド以外の石の場合はトリートメントです。


「傷の無いエメラルドを探すことは、欠点の無い人間を探すよりも難しい」という言葉もある位、エメラルドは特に傷の多い宝石の代表格です。

一説にはエメラルドのオイル含浸は紀元前のエジプトでも既に行われていたそうです。

99%以上のエメラルドで行われているオイル含浸処理をトリートメントとしてしまうと、天然のエメラルドと呼べる石は、市場に存在しないという状態になると考えられます。


この例から、『商品価値を満たす宝石をある程度の量、流通させる』という目的で、古くからある伝統的処理に関しては、妥協点としてエンハンスメントの範疇を緩和する方針が業界内にあると推測できます。

ちなみにエンハンスメント(オイル含浸)をしていないエメラルドを『ノンオイル』と称して、サファイアの『非加熱』のような希少価値が認められております。

 

現時点では判別困難な処理

トリートメント処理の中で『照射処理』というものがございます。

これは人為的に宝石に放射線を照射することで宝石の色を改変する処理です。

ある特定の種類・色の宝石に対しては、そのほぼ全てに照射処理が行われております。

鑑別書では『通常、照射が行われております』という表記になるのですが、これは二律背反を含む意味合いの内容です。

(具体的には全ての『赤・ピンク系統のトルマリン(ルベライト)』や『ブルートパーズ』に記載される表記です)


前述のサファイアの例では『通常、○○~』という表記の場合はエンハンスメントと申し上げましたが、照射処理に関しては少し話が複雑です。

照射処理自体はトリートメント処理であって、上の説明とは矛盾します。

なぜこのような表記になってしまうかと言いますと、現在の鑑別技術では照射処理の有無が看破出来ないという点にございます。


濃い青色のブルートパーズは自然界に存在しないと言われており、これはトリートメントとみてまず間違いないかと思います。

赤・ピンク系統のトルマリン(ルベライト)についてもほとんどの場合、照射処理されていると言われておりますが、天然にも産出される事がございます。

つまり、エンハンスメントとトリートメントが一緒くたになっており、両者を見分ける術が無い状態です。

宝石鑑別において、公式的にはエンハンスメントとトリートメントという区別を使わなくなったのは、この辺の事情もあるのではないかと勘ぐっております。


赤系統のトルマリンはなかなか可愛い色なのですが、上記の理由によって、個人的にはどう扱ってよいものか悩むところです。(もしかするとバイカラーも…)


ちなみに照射処理が行われたカラーダイアモンドの場合は、看破する方法があるようで、Color Origin(色の起源)の欄にしっかりと人為的照射(トリートメント)と記載されます。

この記事のイメージ写真がその一例です。

NATURAL(処理なし)で大粒のブルーやレッドのダイアモンドは極めてまれで、存在すれば天文学的な価格になります。

リーズナブルなカラーダイアモンドは存在しないので、安いものはトリートメントとみて間違いないです。

 

トリートメント宝石とのつきあい方

トリートメント(処理石)について、否定的な書き方になってしまいましたが、お客様がその内容と商業的価値を理解したうえで、お得に購入して楽しむのは良い事です。

自然界に無いような強い色合いや、天然では高価な物でも気軽に身に着けて楽しめます。

ただ、トリートメント宝石に対して『天然ですよ』(←ベース素材は天然なので嘘ではない)というセールストークにつられて、お得感や射幸心から、よく分からずに購入してしまうと後悔のもとになるかと思います。


今回は意外と語られていない宝石の処理と、鑑別書の行間を読み解く内容でした。